五十肩はツライよ その1

どうも最近肩が凝っていかんな。と何となく思っているうちに、密やかにそいつは(まさしく)背後から忍び寄っていたのだった。始めは何となく右肩が廻し辛いな、と思っていたのが、ある時から廻し終わる辺りで急に肩がポキポキいい出すようになった。ま、運動で肩を廻す時もよくポキポキいってたなー。などとあまり気にしなかったのだが、今から思うとこいつがどうも兆しだったのだ。

顕著に現れたというより、自覚したのは、車に乗ってバックをする時だった。(国産車なので、右ハンドルなのだが)運転席に座り、上半身を左後ろへひねり、左手を助手席のヘッドレストにかけ、左後ろを見ながら後退をしようとしたのだが、ハンドルに右手が何故か掛かっていない。「???」いや、というより、右手でハンドルを掴もうとしても、右肩が痛くてあがらないのだ。これには驚いた。しょうがないのでバックミラーを見ながらのバックにしたのでした。

次に困ったのが、満員電車。普通に吊り革に捕まっていられる時はどうってこと無いのだが、混んできて吊り革に捕まっていられなくなると、吊り革のぶら下がっている鉄棒を掴むことになるのだが、右手を肩よりかなり高く上げた状態で肘あたりに外側からの圧力が掛かると、右肩に激痛が走るようになった。あ、お兄さん、そんなに押さないでくれ。痛くて叫ぶぞ!

さて、こうなると順繰りにいろいろなところが疾患状態に突入することになる、失笑。例えば、重い鞄を持つと肩が痛む。できるだけ肩に負担をかけないように持つものだから、腕の筋肉が筋肉痛になる。特に二の腕の筋肉痛が酷い。今まであまり痛まなかったところのような気がする。かと思うと鞄を持たない側の背中の筋肉が凝る。歩くときの左右のバランスが悪いせいか、左足の親指が巻爪になる。人間は内外共にバランスの中で生きているのですね、と妙に感心。

しかしそれにしても、こんなんではいかん。これは医者に見てもらおう。ということで、以下につづく。

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痛風はホントに痛いよ。最終回

結局、あんなに痛いまでの思いをして(家の廻りにご迷惑をかけつつ)行ってきた病院からは、大量の薬を持たされ、腫れが引いたらまた来てくださいとかえされてしまった。こちとらすっかり完全看護の病室で云々とひたすら妄想三昧をしていたのだが、かくも簡単に露と消え、しばし茫然自失意気消沈。
そこからしばらくは自宅療養の日々が続いた。一応痛み止めはボルタレンの飲み薬と座薬(ボルタレンサポ)を併用服用しているので、あの孤独な夜のようにずーっと痛みに耐え忍ぶことは無くなった。しかし、右足の親指が何かにそっと触れるだけで、あの凄まじい痛みがグワッキーンンxんンっと甦り身体を突き抜ける。
これはたまらないので、家禽と化すことにした。喰う寝る事と出すだけの毎日。外出は痛いので行きたくない。家の中の移動も最小限。家の中の異動はもっぱら、右足を宙に浮かしたまま、尻を残りの左足と両手で以てソロソロ移動させる方式になる。効率の悪い移動の仕方なので疲れる。薔薇の花を摘みに行く時もそうなのだから、端から見たらこれはまるで江戸川乱歩の世界だ。
宅配便などが来ると、真っ昼間から髭伸ばし放題の弊衣蓬髪な親父が右足を常に上げながら、尻をズリズリと滑らせて玄関まで来る訳である。かなり魂消たことだろう、苦笑。

あとの薬は身体をアルカリ性にするウラリット(尿管結石(=これも痛いらしい)の酸性尿の人も服用してたりする)。尿酸の体外排出を高める薬ユリノーム(50mg)。を処方され、これは現在も服用中。何でもユリノームは劇症肝炎の副作用報告もあるらしく、毎回先生は血液検査で肝臓の疲弊度もチェックしてくれている。

さて3週間ほど自宅療養を重ね、再院すると「うーむ。まだ腫れが引かないようなので採りましょう」と先生。?と思っているうちに、右足のイチバン痛い関節のところに空の注射針がグイッと刺しこまれ、白濁した体液を吸い出すではあーりませんか。これも半端無く猛烈に痛い。もがき悶えていると「これが炎症の元だすな」先生は爽やかにゆった。
確かにその通りでこの注射吸い出し以後、急速に容態は解放に向かい、3、4日後には普通に通勤ができるまでになった。じゃ、これが何故3週間前にできなかったかと言うと、多分ですが、その痛みが加わっただけで自分は間違いなく死んだでしょ、きっと、笑。
ちなみに発作が起きた時の尿酸値は10.3。現在もウラリット、ユリノームが切れると尿酸値は急騰。先生に言わせると、結晶ができるルートが一旦できるとなかなか無くならないとのこと。やはり用心が肝要だ。普段の食事療法。プリン体にはご注意召され、というところか。
>次回連載。五十肩はツライよ。または、頭蓋骨が割れた日。の予定かな、笑。

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痛風はホントに痛いよ。その5

結局、家人が朝一で病院へ連れて行ってくれることになったのだが、これがもう、足が痛いので自分からは動きたくない。がしかしこのままでは埒が明かず、病院に行かなくてはなー。この葛藤が、この逡巡が矢鱈と長い堂々巡りをしていたところ、向かいのご主人が騒ぎを聞きつけたのか駆けつけてくれ、家の玄関から自分をおぶると車へ押し込んでくれた。何と忝いことだ。

こうして、這々の態で病院へ着いたのだが、またしても痛くて車から降りたく無い。もう完全な駄々っ子状態だ。そこで家人が病院から車椅子を持ってきてくれ、何とか腰を椅子に降ろし、ソロソロと病院の受付へ向かう。その病院の名は北里メディカルセンターといい、かなり大きな病院だった。

総合受付を通り、整形外科の受付と問診票記入を済ませ、待つ事数十分。婦長さんらしき人が自分の名を呼び、医師の診断の前に、足のレントゲン、尿検査用の検尿、血液検査用の採血を済ませてきて欲しいと伝える。また家人に車椅子をソロソロと押してもらい、まずは離れた場所にあるレントゲン撮影室へ。

後で分かったのだが、右足の親指の付け根が膨れ上がっており、骨が曲がっていないかを調べるためのレントゲンだった。ところが、撮影室でその撮影用プレートに右の足の裏をぴったり付けて乗せてくれ、と言われても、痛くて乗せられない、と駄々をこねていたら、撮影技師が「こうして乗せてください」と右足をプレートに体重をかけてくっつけるではあーりませんか。絶叫。

撮影後技師は、頭に手をやりながら、いやー箪笥か何かに足をぶつけて膨れたのかと思いました、と語っていたほどに右足はパンパンに膨れ上がっていた。検尿と採血も思いの外時間がかかってしまい、何とか済ませた後、再度整形外科の受付に戻り順番を待つ事更に2時間弱。

診察をしてもらえれば、少しは楽になる。少しは痛くなくなる。それだけを待ち望んでいたのだが、脂汗を垂らし息も絶え絶えの自分の向かい、医師は淡々と説明を始めた。痛風の発作を発症する人の割合は尿酸値が高い人の中の3割程。そして治癒する人はその中の2割程。え、先生。じゃ、治癒しない人はどうなるんですか。と聞くと、一生薬づけ。と簡潔な答えが返ってきた。もー、ホントにクラクラしながらもつづくぅ。

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通風はホントに痛いよ。その4

終電過ぎに相変わらずの痛みで目を覚まし、いつまでも駅西口階段下のベンチに居る訳にもいかず、呻きながらも家に向かう事に決めた。だが、孤立無援の夜中の一人旅。痛む足を庇いつつ歩幅5cmずつ休み休みの歩みでは、普段10分足らずの道程も二時間弱かかってしまい、家に着き、玄関からリビングへ這って入り込んだ途端、痛みと疲労困憊もあってまた悶絶。

とにかく痛みの波がない。痛みの波の頂点に達したかと思うと、それが降りてこない。息継ぎができない。頂点に達したままなのだ。ずーっとこのままだと、これは神経がだんだん参ってくる。右足の親指をボキリと折り、折れたところに焼き火箸を突っ込んだ感じの痛みがずっとつづくのだ。おまけに痛む裾野が拡がり、右足の膝から下がすべて痛みで痺れたようになってきている。

夜明け前に何度か痛みで目を覚ます。何とか家に辿り着いたおかげで少し安心はしたのだが、相変わらずの痛みに腹に力を入れていないと叫び出してしまう状況と疲労からくる強烈な眠気の狭間で何を考えたかというと、この痛みから逃れる方法はないかと頭を巡らすー、すると、この右足を切断するしかないかー的な事まで考えてしまう。この痛みと切断した痛みとどちらが楽だろうー。痛みで動けないのだが、もし手の届くところに鉈か何かあれば、ひょっとして実行していたかも知れない。それほどに痛烈な痛みが延々と続き悶絶を繰り返した長い夜。

そこへ天の助け。朝になり家人が階下へ降りて来た。とにかく助けてくれ、足が痛くて動けん。医者を連れてきてくれ、と懇願。と言いすがったところでいくらか安心したのか、今日何度目かの悶絶。情けないままにへろへろになってつづくぅ。

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痛風はホントに痛いよ。その3

心に生じる痛みは忘れてしまうことで乗り越えることができる。切り裂かれた傷口も心臓の鼓動に合わせて痛みの周期が読めるようになってくると、痛みの谷間で少しだけ息をつく事が可能になってくる。昔、技術の科目でかんなの掛け方の授業中、誤って右手親指の爪先と指先の肉を削り取ってしまったことがある。この時もかなり痛みはひどかったが、親指を中にしまう形の拳骨握りで流れ出る血を止めながら、保健室へ急行する間、痛みの波は把握できたような気がする。

椅子に座ったまま、寝てしまい、床に叩き付けられて眼が覚めることがよくあった頃の深夜、リビング中央で座ったまま居眠りをしてしまい、後ろ向きに倒れた拍子にソファ一体型の引き出し部分にしたたかに後頭部を打ち付け、血が吹き出た時も痛みの周期は掴めたような気がする。

などとこの痛みと何とか協調できるタイミングはないかとつぶさに探してみるのだが、どうにもこうにも付け入る隙がない。たっぷり2時間は、まったく進展が無い忸怩たる様相を重ねるうちに、このままではどうしようも無い事が分かってきた。駅のホームで石像化するしか道は無いのか。何とかしなくてはー、生涯の中でも悲壮な部類に入る決意を漲らせる。

傷む足を庇い、そろりそろりと動かしながらホームから橋上改札口へ階段を昇り、改札を抜け、西口の階段を降りたところで力尽きた。脂汗が出ている。もう駄目だ。動けない。ケータイの電源は生憎切れていた。西口にはタクシー乗り場がなかったのだった。周りから見れば単なる泥酔者のようだったろうが、精神的にも疲労困憊していた自分はそこで終電過ぎまで悶絶した。更に痛みはつづくぅー。

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痛風はホントに痛いよ。その2

痛風のメカニズムは前回の項をご参照いただくとして、実際の発作事のことを参考になればと思い、書いておこう。

今思えば、その1ヶ月前あたりから何となく右足の親指あたりが疼いていたのは確かだった。時々、ぴりぴりとする感覚。しかし気のせいだろうと高を括っていた。実は診療所の老先生には、日頃から「尿酸値が高いので要注意、食事療法は云々ー」とは言われていたのだがー。

さて、その発作の当日も夕方。事務所の机に座っている時にそいつは唐突に来た。右足の親指あたりが急に痛み出した。机ではサンダル履きになっていたのだが、サンダルのベルトが右足の親指に少しでも触れるだけで「あつーっ」と言いそうになる。当然、座った体勢を少しでも動かすと痛みが駆け抜けるので、自分の机上の電話が鳴っても取ることすらしたくない心理状態になる。こうなると仕事なぞ何もできないと判断、早退することにした。

ところが、それからがたいへんだ。まず、靴を履きたくない。革靴の中に足を入れる行為なんて絶対にしたく無い。そこで、サンダルのまま帰宅することにしたが、それでも椅子から立ちたくない。ましてや歩くなんてしたくない。もう、ホントに何もしたくない、泣。

それでも、勇気を奮い起こして、会社の門まで痩せ我慢しいしい、ゆっくりと足を動かしつつ到着。タクシーで最寄りの駅までゴーゴー。このタクシーの乗り降りに時間がかかったことかかったこと。電車は夕方にも拘らず、座れたのは幸いだったが痛みはだんだんと強くなってくる。右足が痺れているような感じになってきた。ひょっとして自宅での駅で降りる気がおきないかも知れん、泣。これは試練だ、笑。

それでも、なけなしの勇気を絞り出して、駅のホームへ泳ぐように出るともう動きたくない。歩くために足を動かして地面にそっと付けただけで痛みが怒濤のように沸き上がり、右足から脳天まで突き抜けていく。もう駄目だ。動けない。しばらく駅のホームで休んでいれば、少しは痛みに慣れるかも知れないと思い休む事にした。ところがそれが間違いだったことに気がつくのはすぐだった。この項まだまだつづくぅーっ!!

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痛風はホントに痛いよ。その1

血液検査をすると、今の身体の状態を速やかに把握することが出来る。それは血液が、身体の各組織に必要な酸素と栄養を運び込み、逆に要らない廃棄物を運び出す役目を担っているからだが、従って、血液中の成分量を診ることで、身体のどの部分が異常を訴えているかが推察できる。また、人間の身体は常にバランスの上に成立しているので、此所でいう各成分は多過ぎたり、少な過ぎたりしても支障をきたすのだ。

さて、今回のお題目に関わる成分は「尿酸値」である。血液検査票が手元にあれば「尿酸」の項目を見ると5.7とか書いてあるところで、これは血中濃度が5.7mg/dlであるということ。かなりの微量だということが分かるだろう。

この「尿酸」というのは何かと言うと、白色・無味・無臭の物質。細胞が壊れたり、エネルギーの代謝によってプリン体から生産された廃棄物。人間の体内では分解する事ができないので、腎臓で濾して尿とともに排泄されるように、血液中へ溶け込ませて運ぶ訳だ。しかしもともと水には解けにくい物質に加え、血液中、または尿に溶けている飽和状態を超えると尿酸ナトリウムに結晶化する。これが血管の外でも結晶化しまくり出すのが所謂、痛風の発作。

ここで第一に問題なのが、血中濃度。通常日本人成人男子の許容値は、2.0〜7.0mg/dlくらい。発作時にはこれに加え、血中のph値(酸性だと溶解度が下がる)、温度(低いと溶解度が下がる)、水分量(夏など多量の汗をかくと溶解度が下がる)、血液の流れる速度(遅いと発症の可能性は上がる)などの要素が加わるので、一概には断ずる事はできないが、まずはこの濃度で判断。

健康診断での一昨年の数値が、前出の「5.7」、去年が「6.1」で、これは薬を毎日飲んでいたからこその数字。で、今年はというと、薬が切れたままにしていたせいなのだが、「8.7」。これは黄色から赤に変わったシグナル状態。これはヤバい。あの時の痛みを思い出すー。この項つづく?

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練習に精進!!

とにかく練習あるのみです。ホントに普段は鍵盤にも触れず、事務所から帰ってくると午前様なのでバタンキューの繰り返しなのです。かといって、土日も事務所に出ていることが最近は多く、鍵盤に親しんでいないのが事実、泣。

このままではとてもでは無いですが、みなさんに申し訳なく、はたまた立つ瀬もなく、たいへんな事になってしまいそうで正直困っています、泣笑。しかーし。天は我に味方をしてくれました。そうです。お盆なのです。全国的に有無を言わさず、休みが取れる時期に偶然にも?今週は遭遇している訳で-。

練習練習練習!練習あるのみです。ふっふっふ。今まで迷惑をかけた皆様に、サプライズをお届けしたいと思います。えーっ!!いやーっ!!こ、こんなに凄いの初めて!!と目にものを見せてくれるように少しでもなれればいいのですがー、などと少し弱気、苦笑。

でも地道な努力はいつか報われる。そう信じて行かなければ可哀想この上も無いことだと言われるかも知れませんが、同情心なぞ要らないぜぃと強がる振りだけでもさせていただければ少しは自分にとって幸いな事なのかしらんと、少しは見直してもらえるかしらん、とがんばるのみですぅ、苦笑。精進精進!!

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